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018 坂本宿。中仙道17番目の宿場
坂本宿は、中山道六十九次のうち江戸から数えて十七番目の宿場。中山道有数の難所・碓氷峠の東の入口にあたり、本陣と脇本陣合わせて4軒、旅籠は最盛期には40軒、比較的大きな宿場でした。 左:かぎや全景 中左:大きな旅籠には通りからわかりやすいように看板がでています。 中右:看板アップ 右:中に入らせていただき、ふにゃ窓を。
いきあたりばったりの旅で、地元のおばあちゃんと話をしていると、その方が「かぎや」のおばあちゃんだとわかり、お願いしたわけでもないのですが、中にいれていただき、お茶と美味しいおしんこをいただきました。
左は入口から裏へ抜ける土間にある縁側。昔の旅人がここでわらじを脱いだんでしょう。木とは思えない光沢を放っています。きれいに掃除されてるんですね。と申し上げたら、「広すぎて掃除なんてできない」って言われてしまいました。いろいろな話をお伺いした30分でした。
「かぎや」はおよそ370年前、高崎藩納戸役鍵番をしていましたが、坂本に移住し、旅籠を営むにあたり、役職にちなんで屋号を「かぎや」としたそうです。江戸時代の宿場は街道文化の溜まり場で、坂本宿も俳句、短歌、狂歌が盛んで馬子、飯盛女にいたるまで指を折って句をひねっていたと言われています。当時の当主 鍵屋幸右衛門は紅枝(べにし)と号し俳人としても傑出していたそうです。
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