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CHa-Ki 的思考回路
20040307:天下もっとも多きは人なり。もっとも少なきも人なり
1996年バニョレ国際振付賞(現コレグラフィック・アンテルナショナル・ドゥ・セーヌ・サン・ドニ)を受賞した振付家でダンサーの伊藤キムさんが受賞したときのダンスの名前が「生きたまま死んでいるヒトは死んだまま生きているのか?」。深い!と思わず叫んでしまいそうな文句。表題も、人はたくさんいるけど有能な人は少ない(なんて簡単に片付けられないと私は思う)、豊臣秀吉の参謀として天下取りの最大の貢献者とも言われる智将、黒田官兵衛の言葉。
NHKの「その時、歴史が動いた」でやっていたらしい(らしいというのは、テレビを見るのは大抵酔っ払って寝る時くらいなもんで、往々にして番組が終わる頃には熟睡体制に入っています)。枕元のメモになぐり書きしてある。黒田官兵衛「我、人に媚びず、富貴を望まず」。
貧乏暮らしをしていると、流しで鍋一個を洗うのも狭くて大変、部屋は当然足の踏み場も無い。ただ、それが苦ではない。もちろん、人生の目標を一戸建てなどと定義していないし、優雅に暮らそうとも思っていない。その日暮らしで何とか雨露しのげて「生命を維持」できれば自分に対しては何の望みもない。カッコイイ服も必要なければ車も電子レンジも必要ない(って書きながら、やっぱり貧乏なんだな〜と落ち込みそうになる・・・)。望みは(愛娘のことをこっちに置いておけば)「自分の納得できる映像を残したい」という一言に尽きる。同時に「それは絶対無理」ということも重々承知之助。それを自分の生きる糧として失いたくないだけ。この世界(泥沼というより底無し沼)に入り込むと抜け出せない、もがき苦しむ人生になることはガッテンしている。一生あり得ない望みに自分の人生を託しているの?という自問自答などどこにも無く、今日より明日、明日より明後日。
生きたまま死にたくないし、死んだまま生きたくもない。人に媚びたくもないし、富貴も望んでいない。官兵衛、晩年の言葉「人は欲さえなければ、先の事は見通せるものだ」。私の望みは「欲」なのだろうか・・・

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