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CHa-Ki 的思考回路
2016_0101:産経新聞前ソウル支局長の無罪確定まで
昨年の日韓関係で大きな出来事の一つに産経新聞の前ソウル支局長加藤達也氏の出国禁止〜在宅起訴〜無罪確定という動きがありました。
これからの日本のやり方として、とても良い例なので、備忘録として残したいと思います。
尚、ここに記載するものは、主に産経新聞の2015年12月31日第1面、第3面より抜粋したものです。
産経新聞前ソウル支局長をめぐる動き(産経新聞2015年12月31日第1面より抜粋)
2014年 4月16日 韓国旅客船セウォル号沈没
7月18日 朝鮮日報がコラム「大統領をめぐる噂」を掲載
8月3日 ウェブサイトに前支局長の「追跡〜ソウル発」掲載
7日 韓国検察が出国禁止措置
18日 初の事情聴取
10月 8日 韓国地検が情報通信網法の名誉毀損で前支局長を在宅起訴
11月27日 初公判
2015年 3月30日 第5回公判(裁判長が記事の公益性などに争点を集中させるように言及)
4月14日 出国禁止措置解除、前支局長が帰国
6月29日 第7回公判。米国人ジャーナリスト ドナルド・カーク氏が証言
7月27日 第8回公判。西日本新聞ソウル支局長が証言
10月19日 論告求刑公判。懲役1年6月求刑
12月17日 無罪判決
22日 韓国検察が控訴断念。無罪確定
大きな流れは上記の通りですが、2015年の公判から無罪確定に至るまでの産経新聞社と前支局長の対応が、国や司法の権力に押しつぶされない方法として秀でています。政府その他も今後の参考にしなければなりません。
これまでの日本の政府・企業等の対応と同じはず、と考えていたので、パク大統領はじめ側近、司法当局も完全にアテが外れてしまったようです。
公判後の対応をザックリ記します。(産経新聞2015年12月31日第3面より抜粋、加筆)
セウォル号の沈没時、パク大統領が云々という朝鮮日報のウワサ話が全ての始まり。
その記事を前支局長がインターネット上のコラムに引用したことから、パク大統領や側近は「産経新聞懲罰」という目的を掲げる。その真意は産経新聞の信用を内外で失墜させること。そのためには、「産経新聞のソウル支局長を精神的に追い込んで謝罪させ、記事を取り消させる」必要があった。
出国禁止や起訴は支局長に直接伝えない、支局長を精神的に揺さぶるためのこのような手法は当初は効果があってもそのうちに支局長や産経側も慣れてくる。慣れてしまえば、「またか・・・」と落ち着いて対処できるようになる。
日韓関係に詳しい学者を使ったりもしたが、判決が近づくにつれて、謝罪させることは無理とふんで韓国側は謝罪ではない「遺憾の意」を引き出そうとする。
2015年秋には駐日韓国大使や知韓派の国会議員さらには安倍の中枢にも働きかけ、産経新聞社長との面会を要請するも、社に丁重に断られる。
結局、それらの説得・工作は徒労に終わり、無罪が確定。
韓国では、無罪を受け、日和見だった保守系紙も検察批判に転じた。東亜日報は「検察が国益より青瓦台(大統領府)の空気を察して無理な起訴をしたとの批判を免れるのは難しい」と指摘。中央日報は「公職者関連報道に、訴訟と起訴が乱発されれば、批判機能が萎縮する。政府と検察は言論の自由が持つ意味を銘記しなければならない」と論じた。
最後に元支局長の言葉を引用しておきます。日本の韓国対策、もちろん、国際的な対応にも良いお手本だと思います。
結局は安易な謝罪、遺憾表明をしなくてよかったと思っている。
水面下で話し合いを持って、遺憾の意など示して折れてしまえば、将来も問題を蒸し返されて延々と弱みとなりかねないことは、日韓の歴史が証明している。
中途半端な妥協をしなかったから、無罪となったと確信してもいる。
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