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CHa-Ki 的思考回路
20031101:金色のちひさきとりのかたちして・・・
ある人から「最近の若い子たちの会話聞いたことがある?」と聞かれました。その方が言うには「今の子たちに我々の言葉(正しい日本語)は通じない」という結論。でも、いい年こいたオヤジでさえ半クエバリバリ(こういう言葉が正しくない日本語)だったり、英語を端々にちりばめているわけで、自分を棚上げして若い子をたしなめることはできないのでは。「お前、絶対どこかから空気抜けてるぞ」という女の子も最近減ったようで、流行についていけない大人たちが取り残されている、オヤジがマネをするころには若い子たちは次の流行に走っているってことがいまだに理解できないんですね。
先日、晩秋の上高地を訪れました。一点の雲もない快晴、心地良い風に唐松の黄色い葉がはらはらと散ると陽の光に照らされてきらきら輝く。与謝野晶子の「金色(こんじき)の ちひさき(小さき)とりのかたちして いてふ(イチョウ)ちるなり 夕日の岡に」(注:学生時代の記憶なのでマチガイがあったらお許しを)の句を思い出しました。別にフアンということでもないのですが、ほんの少しの記憶の中で「君きぬと 五(いつ)つの指にたくはへし とんぼ はなちぬ 秋の夕ぐれ」との二句は不思議と忘れがたい。どちらも心情を表現しながら、とても絵画的で、とにもかくにも美しい日本語です。
ここ数年毎月1回のペースで能・狂言の収録をしています。「山海塾」の撮影も大変だったが、この能・狂言もかなり難しい撮影のひとつ。1m歩くのに何秒もかけられると辛い、そのうち緊張の糸が切れそうになります。撮影には気を使いますが、結構好きな被写体の一つでもあります。能・狂言はいまだに言葉も良くわかりませんが、それがかえって良いのかもしれません、ふんわりとした流れを観ることで何故かとても心に沁み入るものです。いわゆる日本人独特の「わびさび」が織り込まれているからか、無意識に溶け込める、違和感が無い・・・。日本人の根本に関わるものは無条件に受け入れられるようにできている「日本の心」なのかもしれませんね。
美しい水墨画を見て「なんじゃコレ?」と思う人は少ないでしょう。日本は基本的にモノトーン。「白い雪と黒い木」だったり「障子は紙の白と逆光で黒くなった桟(さん)」、そう、原点はモノクロ、大陸の極彩色とは一線を画しています。じゃあ、面倒だからモノクロにしたら?というのは短絡。ただ、水墨画調のカラー写真は結構好きだったりします。
能狂言というとあまりなじみが無いかも知れませんが、「番組」という言葉が能から出たものでもあるように、たくさんの言葉やしきたりが能などからでていて、知らず知らずのうちに古典につながっていたりします。言葉の意味はわからなくても、2文字目にアクセントがあったり、五七調だったり、言葉を理解しようとせずに囃子や地謡と同列に聞いてみるのも面白いものです。きらびやかな装束や様々な面(おもて)を見るだけでも面白いものです。お金払って観たことがないので、説得力無いかもしれませんが、1度は観てみたほうが良いのではと思います、特に若い方々。もちろん、私も「リーサルウエポン」や「ターミネータ」なんか超大好きですが、アクションや一大スペクタクルみたいなものではなく、うっそうとしたブナの森に霧がかかるようなしっとりとした画、凍りついた大地に一筋のたおやかな流れ・・・「わびさび」を感じるような映像を撮れたらうれしいと願っている毎日です。

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