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夏山スペシャル

水を飲まないとバテる!  水が不足すると?  上手な水の飲み方
まえふり
山で飲む水は、風呂あがりのビールよりずっとうまい。その瞬間だけなら、世界でいちばんうまいものは水だと言いきれる。無類のビール好きの私が言うのだから間違いない。なのにちょっと前まで、バテるから水はあまり飲むなといわれてきた。もちろん、いまは違う。水を飲まないとバテる、というのが常識だ。
 にもかかわらず、みなさん水の大切さを軽視しがちだ。山でのバテを、体力不足や体調のせいばかりにしていないだろうか。水を飲むことの大切さと上手な水の飲み方を、運動生理学の専門家のデータをお借りしながら、ちょっとお話したいと思う。
水を飲まないとどうしてバテるのだろう
水はなぜ大切なのか。それを知るにはまず、運動時にどんな役割をしているのかを知らなければならない。

 人の体は、運動をしたとき、筋肉が発した熱で体温が上昇する。たとえばあるマラソンで参加者の直腸温を計ったところ、59人中47人までが39℃以上あり、優勝者の場合は41.1℃まで上昇していた。人間は体温が42℃以上に上がると循環機能が著しく低下して死んでしまう。登山をはじめとしたさまざまな運動で体温が上がりすぎて死にいたることがないのは、発汗による放熱作用とそれを支える水分摂取なのである。もし前記のマラソン選手が競技中に水分を摂取することがなかったら、そして汗の蒸発に適した服装でなかったら、体温は限りなく上昇し、途中で動けなくなっていたに違いない。マラソンの記録で2時間10分を切るのが当然になったのも、レース中の水分摂取が昔と比べて増えたことにあるのかもしれない。
 夏のマラソンのように高温下で長時間運動を続けている場合、多いときには1時間に1〜2リットルもの発汗があるという。人の体は、体重の1%の水分損失で直腸温が0.3℃上昇する。やはり前記のマラソンでは、参加者の平均で2.85リットルの体重減少があり、優勝者は5.23リットルの減少があったそうだ。この減少量の多くを脱水量と考えれば、これだけの水分を失うことと引き換えに、死に至るまでの体温上昇から身を守ったことになる。
 登山はマラソンほど厳しいスポーツではないが、それでも夏山縦走の場合、1時間あたり0.3〜0.5リットルからそれ以上の水分が汗として、また吐く息の中の水蒸気として失われることが考えられる。暑い夏の登山には、少なくとも2リットルの水は必要だし、涼しい沢筋のコースや風あたりのいい尾根を選ぶなどの工夫も必要だ。
水が不足するとどうなるか
水を飲まずに体内の脱水症状が進むと、食欲低下や体温上昇のみだけでなく、さまざまなトラブルが待ちかまえる。体重の2%〜3%の脱水で運動能力の明確な低下や血液の濃縮が始まり、4〜5%では運動困難、熱疲労に陥ってしまう。体重60キロの人なら、2.5リットル前後の脱水で動けなくなってしまう計算だ。さらに7%の損失で幻覚症状が現れ、10%の損失では完全な熱射病になる。深い昏睡に陥る前に適切な処置が必要だ。
 これほど水は大切なのに、多くの人は飲み不足。運動中に自由に水を飲ませても、実際に補給した水分量は運動で失われた水分量の3分の2程度しかないことがわかっている。つまり飲みたいだけ飲んでいたのでは、本当に必要とする水分量には遠くおよばないことになり、まだまだ飲まなすぎる状況にあるといっていい。
 体温の運搬体でもある水分が不足する脱水症状は怖い。以下に挙げるようなトラブルだけでなく、軽いものでもいったん脱水症状を起こすと、体が元の状態に戻るまで丸1日以上かかってしまうことを覚えておいてほしい。
[熱中症]
 脱水症状が進んで体温が上昇し続けると熱中症を引き起こす。汗は出なくなり、さらに体温が上昇し、意識もうろう、動けなくなる。日陰に運んで、濡れタオルを体にかけたり、うちわなどであおぎ、とにかく何としても体温を下げなければ死にいたる。高温、高湿、無風、直射日光といった脱水症状を引き起こしやすい要因がたっぷり詰まった、暑い日の樹林帯や風がなく日陰のない稜線では、水を十分に摂ることと、熱が逃げやすいウエアリングが大切だ。
[腎臓障害]
 たくさんの汗をかく運動を連日続けることは、常に乏尿の危険にさらされていることにほかならない。1日あたり900ミリリットル以上の尿量を確保できるように水分を補給しないと、腎臓障害を引き起こす可能性もある。
[持久力の低下と疲労]
体重の2%にあたる脱水があるだけで、運動能力は10%も落ち、3%の脱水があると、運動能力の低下を明確に意識できる。脱水が進むと、血液濃縮が始まり、疲労感、倦怠感、頭痛、めまい、息切れ、低血圧などの症状があらわれる。心拍数も上昇し、心臓への負担は大きい。体重の1%の脱水で、心拍数は1分間に5〜10拍増えるといわれる。
[筋肉の痙攣(つり)]
 多量の汗をかいたうえに水分の補給が足りないと、筋肉中の電解質(ナトリウムやカリウム)のバランスが崩れ、痙攣を引き起こす。とくに起こりやすいのはふくらはぎと太ももだが、塩分の含まれた食事を摂れば、電解質のバランスはやがて元に戻るといわれる。
[血栓]
 血液濃縮が進めば血液はどろどろになり、流れが悪くなり、固まりやすくなる。動脈硬化気味の人は脳や心臓の血管に血栓ができることもあり、最悪の場合、脳卒中や心筋梗塞を引き起こす可能性もあるので、水は十分に摂ることが大切だ。
[むくみ]
 脱水症状が進むと、それ以上水分を失わないために、尿を減少させるホルモンが出る。この状態になると、血管内から血管外にしみ出る水分の量が増え、皮膚の下にたまる。これがむくみで、足や顔、手指などに多く出る。ホルモンはいったん出始めると、運動をやめたあとも半日から2日間は出続ける。つまり登山後1〜2日間は飲んだ水があまり排出されず体内に蓄積される。登山後に顔や手足にむくみが出る人は、登山中に脱水症状に陥っていた可能性が高い。
 そういえば、昔いた山岳会の合宿中、むくみでいつもより顔を丸くした女性会員が多かったような記憶がある。行動中におしっこをするのがいやで、水分摂取を控えていたことがその原因だったのだろうか。
上手な水の飲み方
登山中にどの程度水を飲んだらいいのかは、体質や行動内容、天候などによって変わってくるが、脱水が体重の2%を超えると体のトラブルが発生しやすくなる。一般の人が体重の2%の水分を損失したと見られる場合はすぐに運動を中止したほうがいいという専門家の声もある。
 いっぽう、汗をかきにくい人をのぞいて、平均的には1時間に体重1キロあたり約5gの脱水が起こるといわれる。この数値は荷物の重さや季節、山の高さでそれほどの変動はない。これで計算すると、体重60キロの人が8時間の登山をした場合、2.4リットルの脱水が起こることになる。したがって2.4リットルの水分を摂らなければならないことになり、2リットルの水筒では足りないことになる。ただ水は重いし、体が暑さに慣れてくれば、水を飲む量も減ってくる。あればそれに越したことはないが、最低でも脱水量が体重の2%以下にとどまるだけの水は持っていくようにすることが大切だ。以下に、効果的な水の飲み方を紹介しよう。
【歩きだす前に飲む】
 活動を始める前にまずは、体内に水を蓄えておくといい。登山口でまず一杯だ。日本体育協会の「熱中症を予防するためのハンドブック」でも、スポーツを始める前の250〜500ミリリットル程度の水分補給を勧めている。
【こまめに摂る】
 胃はある程度の量の水分が入らないと活動は活発にならない。量としては600ミリリットル程度までなら一度に飲んでもかまわないとされているが、あまりたくさんの量を飲むと胃がもたれてカポカポになってしまう。理想としては、発汗が激しいときは15〜20分おきに200ミリリットル前後を飲むのがいいだろう。単純計算すると、このペースでは3時間ちょっとで2リットルの水がなくなってしまうことになるが、体が山に慣れてくれば発汗量は減り、おのずと飲む量も減ってくる。
【冷たい水を飲む】
 胃壁の働きは温度が低いほうが活発だ。暑いときは冷たい水のほうがいい。温度でいうと10〜15℃。それぞれ5℃と35℃の400ミリリットルの水を摂取した実験では、5℃の水のほうが胃から体内への移送量がはるかに速く、その差は100ミリリットルもあった。冷たい水は胃での吸収がよく、体の中心から直接体を冷やせるのでお勧めだ。
【吸収の速さは水が一番】
 スポーツドリンクなど糖分やミネラルを含んだ飲みものは栄養補給できる利点がある。ただ、水以外のものが混ざっていたり、水分の濃度が高いと、胃での滞留時間が長く、小腸での吸収効率も落ちる。水分の補給を急ぐときは、さらっとした冷たい水や茶がベスト。
【のどの渇きを感じる前に飲む】
 のどの渇きを感じたときは、すでに体では水分不足が始まっている。このタイムラグをなくすためにも、行程を先読みしながら定期的に飲むことが大切だ。
「もう山でバテない」森田秀巳著・山と渓谷社刊より一部抜粋